マンション管理の裏側

自分では解っているつもりでも、解っているようで解っていないのがマンション管理ではないでしょうか。

わたしはマンション管理は「広報が基本」であると考えています。
そして「契約に始まり契約に終わる」「管理は正しく法務」「マンションは利権の塊」「マンションにストーリーを吹き込む」等のキーワードで、本当のマンション管理を皆さまと考えていきたいと思います。

そして適正な修繕計画を一緒に考えていきましょう。

2009年5月17日 (日)

管理組合は建設業界のセーフティーネット?

米国発の金融危機以来、日本でも不況の波にのみ込まれた状態が続いています。

企業間の取引では、不況時のリスクが拡大しますが、管理組合の破綻は聞いたことがありません。すなわち管理組合を相手の取引での倒産リスクは、ほとんどノーリスクに近い状態でありましょう。
そして利益が縮小すれば、企業は設備投資も修繕も縮小・先送りするでしょう。
一方、一般的な戸建て住宅でも家計が縮小したり先行きの不透明感が増せば、建物の修繕は緊急性のある場合以外は、先送り・縮小等が考慮されます。

マンションではどうでしょうか。現状の長期修繕計画では、不況等の社会の経済的要因は一切考慮されていません。本当にこれで適正なのでしょうか。わたしはそうとは考えていません。

管理組合を構成する主体は、区分所有者です。
その区分所有者の家計が縮小するときは、修繕計画も同様に考慮するのが一般的な考え方ではないでしょうか。マンションの長期修繕計画や修繕工事も聖域では決してありません。
食費や教育費を削ることのみならず、借金をしてまでの修繕積立金の負担も聞いています。
消費者の立場に立ってもう一度、この機会に適正な修繕工事を考えてみてはどうでしょうか。

2009年5月 6日 (水)

管理の主体は管理組合の意味

よくいわれる「管理組合の主体性」の意味を皆様は、どのように考えられるでしょうか。

わたしは「区分所有者の義務と権利」であると考えます。
管理組合は当然にして、そのマンションの共有者の団体であり、その主体は各区分所有者であります。

また高齢者が増えて、役員のなり手がいないとの論を聞くことがありますが、管理組合の理事の業務の重要な部分は、身体に例えると「頭脳」の部分です。極端なはなし制約も当然ありましょうが、今のインターネット網の発達を考えれば、地球の裏側の区分所有者でも参加できるのではないかと考えます。
広報紙を配布したり多少の手足の部分はありますが、あくまでも基本は「頭脳」の部分です。

そして賃借人が理事に就任できるように規約を改正する管理組合も見受けられますが、区分所有者の代理として賃借人が理事に就任するのであれば判りますが、賃借人個人としての理事への就任には、わたしは反対です。もうこれは組織の形を維持するのが目的になってしまっていて、完全にずれてしまっています。

2009年4月29日 (水)

管理を買うって!?

雑誌等を読んでいると、良いマンション選びで「管理を買う」との言葉を目にすることがあります。良い管理のマンションを買うと言う意味だと思われますが・・・

管理組合活動では、普段の実際に行動が伴うことは、だいたい管理会社がしてくれると思われます。しかし、その管理会社に行動をお願いする根拠は、所有者としての意思決定でありましょう。
一人でマンションを全部を所有していれば、一人で考え意思決定すれば良いのですが、資産を共有する分譲マンションではそんな簡単にはいきません。そのお手伝いをするのがマンション管理士です。   

すなわち良い管理に伴う意思決定は、自分達がするということです。管理は買うものではなくて、自分達で創りあげるものなのです。

2009年4月26日 (日)

管理組合は財産関係・自治会は人間関係

理解されているようでされていないのが、管理組合等の団体の目的ではないでしょうか。
管理組合会計からの支出なのか、自治会からの支出なのか、質問を受けることがあります。

管理組合は財産関係の団体自治会は人間関係の団体です。

管理組合では、会社の社長であろうとサラリーマンであろうと、共有持分権(財産)につき平等です。みなさまの財産であるマンションの維持保全の為の団体です。
一方自治会では、何百坪の豪邸であろうと賃貸住宅であろうと、持ち家・借家人関係なく平等です。地縁の団体です。

けっこう当たり前のようで、当たり前に理解されていない場面をよく目にします。

2009年4月19日 (日)

地域を散策してみて

090418_182801 私の住んでいるマンションは、京都市最北端の分譲マンションです。

昨日は愛犬の散歩のコースを少し変え、岩倉幡枝地区を散策しました。
小さな山が削られ、田畑等が開発され新しい道路が沢山造られ、住宅も建設されていました。
写真は京大総合地球環境学研究所です。

また京都市内を車で走っていますと、一千万円台の建売住宅の案内もよく目に留まります。
しかし建物に何千万円も掛けた住宅と、土地付きで一千数百万円で販売されている住宅とでは、やはり耐久性でも違いがあるでしょう。

今週末は日本マンション学会の大阪大会が、吹田市の阪大で行われました。あいにく私は、私用のために参加出来ませんでした。残念です。
時代の要請に応えるべく、ストック社会に向けた建物の長寿命化への対応が議論されたと思います。

しかし、ここでも長寿命を配慮して建築された建物と、そうでない建物を混同しての議論は、国民を混乱させてしまいます。

先日、国交省から平成20年度マンション総合調査結果が発表されました。
そこでは89%の管理組合が長期修繕計画を策定していると答えています。さらに修繕積立金の算出根拠として77.8%の管理組合が、長期修繕計画の必要額から算出していると回答しています。

しかし、この「長期修繕計画の必要額」というのが、私はくせ者だと考えています。そして89%の長期修繕計画を策定している管理組合の中で、本当にその修繕計画を精査して、議論された管理組合をどれほどあるのでしょうか。
分譲業者や管理会社、さらにはNPO団体や管理組合団体等が策定した計画だと考えられます。自分達のマンションで本当に必要な修繕項目なのか?周期なのか?管理組合は基より、区分所有者相互での議論をされたのでしょうか。私は懐疑的です。
そして一番重要なのが「どんな風なマンションにしたいのか」マンションのこの先のストーリーの議論であります。特に二回目の長期修繕計画の策定時には絶対に欠かせません。
またこのストーリー性の議論では、各区分所有者のこの先の人生のストーリーを思考のスタートとして、最終的に「マンションに物語を吹き込んであげる」ことが重要です。
マンションの長期修繕計画は管理組合として策定するのですが、各区分所有者のこの先の人生設計を無視した長期修繕計画は、仏作って魂入れずだと考えます。

2009年4月 9日 (木)

清水寺夜間拝観に行ってきました。

090406_201701 先日、清水寺の夜間拝観に行ってきました。

二年坂、産寧坂、高台寺、八坂神社、円山公園と散策しました。

古いものと新しいものが混在するハーモニー、これも京都の醍醐味だと思います。

古いものだけの京都ならば魅力は半減するのではないでしょうか。

景観条例での街並みの行く末が心配です。

本当の修繕を考えてみよう

久々の更新です。

マンションの大規模修繕って・・・外壁塗装や防水がメインに行われますよね。
また設備配管等の更新も行われます。
そして躯体改修も行われますが、共用廊下等の部分がメインです。
即ち、大規模修繕工事といっても、殆どお化粧直し的程度ではないでしょうか。
そして各戸の戸境壁等、専有部分に立ち入らなくては修繕が出来ない部分は、殆ど手付かずのマンションが多のではないでしょうか。

三回目の大規模修繕時期のマンション、いわゆる髙経年マンションでは、建物を本当に長く持たせるのであるならば、私は不同沈下や専有部分に立ち入らなくてはならない部分の躯体の調査、場合によっては修繕も考えて見るべきだと思うのですが・・・

どうも見た目の修繕に気を取られる傾向が感じられるのは、私だけでしょうか。

2009年3月15日 (日)

民主党国会議員の国政報告会に参加しました。

昨夜、近くの公民館で、民主党の前原誠司氏の国政報告会が開催されるとのことでお邪魔をしてきました。
八十人位の聴衆だったでしょうか会議室が満員でした。マスコミの方も沢山おられました。
私は民主党の支持者でもありませんが、前原氏の安全保障の考え方には以前から共感をもっています。

アジア各国からの視察から帰国されたばかりらしく、その報告がありました。
そして今回の不況は、大恐慌みたいにはならないが前原氏の認識としては、登山で言えばまだ二合目あたりであるとのことでした。

そして小沢代表の件も、進退は他人がとやかく言うものではなくご自分で判断されるものとの説明がありました。しかし例え合法的であろうとも、一社からの献金額としては考えられない額であり、マニフェストには、公共工事受注業者からの献金の禁止を復活させたいとの認識が説明されました。

また憲法九条は自衛隊が出来た事で、実質的には改憲されているとの認識があり、二項の改憲が必要であるとのことでした。軍備を持つこと=使用するとの批判は論理矛盾であるとの説明がされました。
さらに大陸棚等の海洋権益を含めた南沙諸島等の主権侵害を危惧(きぐ)されていました。

さらには政権交代が目的ではなく、その先にあるものが重要であることを繰り返し述べておられました。
また投資すべき部分には財政出動をしてでも投資をして、生きた金の使い方をしなければならないとの感想をもちました。

わたしは前原氏の国政報告会を聞いたり、以前からの政治関係の報道をみていて感じるのですが、本当に民主党or自民党と言う構図の認識が正しい認識なのでしょうか。私は「旧態依然した政治」or「世界の現状に対応した政治(変化に順応した政治)」という認識が妥当なのではないかと思います。
それは民主党のなかにも、自民党なかにもあり、党派を超えた「CHANGE」が必要な時がきたことを示し、日本の未来の重要な転期でななかろうかと考えます。

久々の更新は柄にもなく政治の話しを書きましたが、マンション管理への考え方にも当てはまると考えられましょう。

2009年2月25日 (水)

なんか賢くなった様な気が・・・

自宅マンションは京産大の近くなので、ノーベル物理学賞を受賞された益川先生も通勤で通られます。
今日もすれ違ったので、意を決して握手をお願いしました。突然のことなので驚かれていましたが、握手をしていただきました。
握手をしていただいた右手で、賢くなれるように自分の頭を撫でておきました。
その事を中学生の子供に言うと、道で通勤の益川先生とすれ違う事もあるし、電車でもお見かけすることもあるので、特別な事でもないよう笑われました。

私って・・・御調子者なのかな(。、ヾ

2009年2月15日 (日)

二百年住宅を考える

二百年住宅の議論が盛んですが・・・
住宅は消費財ではないので、今までのような使い捨ての住宅ではいけないとの議論です。
正しくその通りなのですが、私は全ての住宅に長寿命仕様が必要であるのか懐疑的です。

さらに、いくら素晴らしい長寿命の設計や方策を考えても、建設業界の構造をかえなければ机上の空論となりましょう。まず建築士と施工業者との従属関係・下請け構造・現場職人の資質等色々と考えなければなりません。

上記の事は正しく「欠陥住宅」問題に当てはまります。欠陥住宅横行の根本の是正が、二百年住宅の政策の成功の鍵となると考えています。

学会等での議論も盛んになっていますが、学問は現場に反映され、現場が学問に影響を与えなければ単なる雑学と成りましょう。

そして、長く持たせようと言う意味の二百年住宅と、既存住宅を長持ちさせるのとは議論は違います。同じ土俵の上で議論をして、対費用効果を無視した修繕費用を負担をさそうという輩が多い事に不安を感じています。

また欧州等とは宗教観の違うわが国と、欧州と同じように考えてもいけません。昔からわが国では住宅は単なる「モノ」や「消費財」ではなく、想いがこもった「家」であるから建替えたりすることを忘れてはなりません。

現状のマンション管理関連シーンは、本当に危うい議論が横行していることに危惧しています。